よく言えば裏表のない、精神的に幼い大和葉介は、大学進学と共に上京し下宿で生活する。
過去の経験から男嫌いで、高校生の彼女を持つ椿さん。
背が高く大人しく見えるが、その事でコンプレックスをかかえる大学生の鯨井ちゃん。
大家で作家の綿貫さんと、その内縁の夫である晴雨さん。
真綿荘の住人が一人ずつメインの短編集
『真綿荘の住人たち』
著者 島本理生
発行者 株式会社文藝春秋
ISBN 978-4-16-328940-3
以下、追記で感想なので、ネタバレする上に主観入ってます。読んでない方や苦手な方はブラウザバックでお願いします。
綿貫のてらいもない独占欲と傲慢をものともしない愛情の盲目さが苦手な椿は、そもそも女性特有の感情全てに嫌悪感がある。それは自分が強姦されてから、その事を誰にも話さず、自分が女性だという事実から目を背け続けて来たからだ。
椿の恋人は女子高生の八重子。若いなりにもしっかりした考え方を持った可愛い女の子だ。
「椿ちゃんが今私と一緒に居る。私が椿ちゃんを好きでいる。その事は私を守ってくれる。でも、何かを決めたり約束した途端に、私はきっと何倍も弱くなるの」
自分が同性と付き合ってる事を真綿荘の住人以外に言えない椿は、連絡もなしにフラりと訪ねてきて自分の母親の前で、八重子をどう説明しようか固まっていると、鯨ちゃんが私の親戚だと言って誤魔化してくれた。
“こんなにも、全くの赤の他人達に守られて要る事は、ただ眠っていただけで百年の眠りから救われる事に匹敵するほどの贅沢な幸運だと思った”
八重子と訪れた居酒屋で、椿は初めて「彼女は私の恋人です」と紹介するのだった。
鯨ちゃんは背が高く、初めて会った時に大和が性別を考える程の飾らない雰囲気を持った女子大生。
鯨ちゃんが小学生の頃、クラスの男の子が悪趣味なからかいで「鯨井は皆の半分だけな!お前はいっぱい栄養摂ってて、資源を無駄にしてるから」と言った時から、ずっと気をつけている事がある。
“私みたいに何の取り柄もない子は、せめて地球にとって有害な存在にならない様に生きなくてはならないのだ”
大和に恋心を抱く鯨ちゃんは、そもそも恋がよく分からない。
“私はたぶんもどかしいのだと思った。
複雑な恋愛をしている椿や綿貫があんなにも自然に幸福そうで、こんなにも単純な恋をしている自分がどうすればいいのか分からずにいる”
サークルの先輩から好意を持たれても優しさから情けで声をかけているのだと思っていた鯨は、告白されて戸惑う。
演劇サークルに入った大和は、そこで一目惚れした絵麻先輩にいいように使われる…が、幸せな頭の構造で気付かない。
「最近、しょっちゅう女の人が目の前で泣いてる気がして。何でかな、安心させるような雰囲気があるんですかね」
〔そうかも。子供の頃とか、よく飼ってる犬に話しかけたりしてる子、いたものね〕
「…もしかして綿貫さん、俺の事、馬鹿にしてますか」
〔そんな自意識が、あったの?〕
“初めて、これまで出会った人達が、自分をどういう風に見ていたのか悟った気がした。”
絵麻に誘われ、駆け落ち旅行に出る大和は、そこで初めて、絵麻が自分をちっとも見ていない事に気付く。
“愛されない事を受け入れるのは、一旦諦めてしまえば容易かった。だけど、こんなにも長い間、持ち続けていた悪い夢が色褪せていくなんて、想像もしていなかった”
高校生の時、晴雨さんに強姦された綿貫は、その後もずっと一緒に暮らしていたし、愛していると言う。
椿は綿貫が椿と同じだと言ったのも手伝って、辛辣な言葉を投げる。
「同じ女として貴女を軽蔑するわ。おかしいと思わないの。そんな事された男と一緒に暮らして養ってやって。貴方もそいつも頭がおかしいのよ」
「だから、何だって言うの」
「貴方が誘ったんじゃないでしょう。同意の上じゃないでしょう。そんなの人間性の剥奪じゃない」
「そうよ。だから私は、晴雨さんを選んだの」
食堂から出ていこうとする晴雨に立ちはだかる鯨
「貴方が悪いです。晴雨さんは、綿貫さんをどう思ってるんですか」
「俺は、彼女を所有してるだけだ。分からないな。君等はいつだって愛という大義名分を掲げて、他者を所有しようとするじゃないか。愛という感情を共有した者同士なら、個人の領域に何処までも踏み込んで良いと思ってる」
「貴方のしている事は、所有じゃなくて、搾取です」
椿は真綿荘を出るという。
引越し当日
「一つだけ、すごく引っ掛かってたのよ。貴方、どうして私の事分かってたんですか。一度も言った事なかったのに」
「そんなのすぐに解ったわ。引越してきたばかりの頃、此処に来る前に男の人と同居してましたって言い方をしたでしょう。同棲じゃなくて。晴雨さんの事をとても怖がってたし。彼はそんなつもりないのにね」
「貴女は、よほど私に憎まれたいのね」
“そう、だから私はずっと椿さんが羨ましかった”
「そうかもね。私、女の人に好かれる方法を知らないから」
“どうしてそんなに迷いなく恨んだり嫌う事が出来るのか”
子供の頃に母の元恋人がヨリを戻したくて綿貫さんを誘拐した事がある。その時に心配すらしない、責任を感じない母を見て悟った
―――――私は、母のものではない。
産み落とした時点で、あの人は全てを切り離したのだ
「誰一人、私を守らなかった。実の母でさえ。私を完璧に所有してくれる人。それだけが、私のただ一つ、欲しいものだった」
「嫌えるのは期待するからよ。椿さんは、人間に対して希望がある人だった」
“怖くて口にしてしまいたい事ほどいつも言葉にならない。一つ口にした途端に、他の全てが失われていくから”
“確かに晴雨さんの言った通りだ。私には晴雨さんがいつも分からなくて、その事に満たされていた”
「君には、対等じゃあ、駄目なんだろう」
「法的に君が俺を囲う事は出来ない。だからこれが一番だと思った。君の、夢を叶えよう」
いつだって身勝手で一方的で不器用すぎる事しか出来ない。未だかつてこれほど非常識な話があっただろうか。
晴雨が持ってきてのは、養子縁組のための必要書類だった
「君は何処へも行けない、死ぬまでだ」
「まるで悪い夢のようね」と微笑む綿貫さん。
綿貫さんが分からなかった。「分からないでしょう。誰にも分かられたくないのよ」と綿貫さんの声が聞こえてきそうなくらい、綿貫さんのイメージは掴めていたのに、やっぱり晴雨さんと暮らしている事の意味が分からなかった。きっと私は椿よりの考え方を持ってるからなんだろうけれど、綿貫さんが何だか幸せそうだったのにも関わらず腑に落ちなかった。
もう少し人生経験をつめたらわかってくるんだろうか…?